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中島淳一(金融庁長官)「日本を世界に開かれた国際金融センターへ」


中島淳一金融庁長官

中島淳一氏は金融庁長官。


1985年大蔵省(現 財務省)入省。JETROバンクーバー事務所長、財務省理財局国債企画課長、金融庁総務企画局審議官(市場担当)、総合政策局総括審議官、企画市場局長、総合政策局長等を経て、2021年7月より現職。


総務企画局審議官(市場担当)として株式等の高速取引行為に関する制度の創設のための法改正(2017年)に取り組んだほか、企画市場局長として総合取引所の実現、総合政策局長として日本市場の国際金融センターとしての地位向上やサステナブルファイナンスの推進を担当した。


1985年東京大学工学部を卒業、1995年ハーバード大学行政学修士。





本誌:金融庁の今後2~3年の主な目標は何ですか。また、中島長官ご自身のキャリア、経験、そしてビジョンが、これらの目標を策定する上でどのような役割を果たしているかをお聞かせください。


 金融庁では、私を含め、それぞれ経験、ビジョンを有する幹部職員が議論を重ね、8月末に2021事務年度(2022年6月まで)の金融行政方針を公表しました。

当面の最優先課題は、コロナにより深刻な影響を受けた事業者を金融機関が支え、力強い経済回復を後押しするよう、行政として万全を期すことです。

 また、コロナ後の将来に向けては、デジタル化の進展など、世の中の変化を成長の好機と捉え、活力ある経済社会を実現することが大きな目標です。このため、国内外の資金の好循環を実現するとともに、金融サービスの活発な創出を可能とする金融システムを構築することが重要です。具体的には、金融分野におけるデジタル・イノベーションの促進、日本市場の国際金融センターとしての地位確立、サステナブルファイナンスの推進、資本市場を中核としたインベストメント・チェーン全体の機能向上などに取り組んでいきます。

 さらに、金融庁がこうした課題に的確に対応し、「金融育成庁」として経済社会に貢献していくためには、金融行政を担う組織としての力を高めていく必要があると考えています。具体的には、専門人材の育成、データ分析の高度化、国際的なネットワークの強化などに取り組みます。



本誌:日本政府は、日本をロンドンやNYに匹敵する世界の主要な金融センターとするという目標を設定しました。金融庁は、その後、英語で行政サービスを提供する「拠点開設サポートオフィス」を開設し、専用のウェブサイトを立ち上げています。国際金融センターとしての日本の未来をどのように描いていますか。日本市場を、どのように変革したいと考えていますか。北米、欧州、アジア太平洋地域の市場と比較した場合、日本の競争上の優位性はどこにあると思いますか。現在の競争上の劣位性はどこにあると思いますか。また、これら劣位な点に対処するためにどのような施策がとられていますか。


 日本の強みとしては、確固たる民主主義・法治主義に支えられた安定した政治や、良好な治安や生活環境が挙げられます。加えて、大きな実体経済と株式市場や、約1,900兆円という家計金融資産があり、資産運用ビジネスにとっての大きなポテンシャルも存在します。

 こうした日本の強みやポテンシャルを活かし、アジア、世界における国際金融センターとしての地位を確立することで、グローバルにパンデミックや自然災害、地政学的なリスクが高まる中、国際的なリスク分散に貢献できると考えています。同時に、日本国内においては、厚みを増した金融人材による高度な金融サービスが提供され、産業に適切に資金が供給されることで、雇用・産業の創出や、経済の活性化に繋がることを期待しています。

 一方で弱みとしては、税制や英語対応、在留資格といった点が指摘されています。こうした中、海外の金融機関や高度金融人材を呼び込むため、税制、行政サービスの英語対応、在留資格の緩和といった諸課題に取り組んでいます。

 取組の1つとして、ご指摘の「拠点開設サポートオフィス」を、今年1月に立ち上げ、資産運用会社の登録から監督までを、英語によりワンストップで対応しています。8月末時点で4件の登録があり、他の国際金融センターと比べても遜色ないスピードで手続きが完了しています。また、今年3月には特設ウェブページを立ち上げ、これら日本の取組について、網羅的に発信しています。

 さらに、年内には、海外投資運用業者等の参入を促進するための簡素な参入手続きが創設されます。銀証ファイアーウォール規制の見直しなどによる資本市場の活性化についても集中的に取り組んでいきます。

 こうした取組について、日本の強みと併せて積極的にプロモーションを行い、世界に開かれた国際金融センターとしての地位を確立していきたいと考えています。



本誌:日本のウィークポイントのひとつは、上場デリバティブ市場の発展が、シカゴ、NY、ロンドンやその他のアジアのハブ市場よりも、はるかに遅れていることだと思います。中国のデリバティブ市場の発展は急速に進んでいます。流動性が高くかつ規模の大きいデリバティブ市場は、債券及び株式市場をうまく補完し、また金融及び関連するビジネスでの労働力の需要を高めます。日本のデリバティブ市場の発展が比較的遅れている理由は、なんと考えていますか。フロントランナーに追いつくためには、どのような 施策(処方箋)を出しますか。日本は、より多くの金融専門人材のニーズをどのように満たす計画ですか。


 日本のデリバティブ市場については、個人投資家への勧誘方法等に問題が指摘されてきたこと、企業・機関投資家の利用が進まなかったこと、市場が原資産毎に分かれていたこと、こうしたこともあり品揃えや流動性が伸び悩んできたことなどを、その伸び悩みの課題として指摘する声があることは承知しています。

 デリバティブ取引の特性として、より流動性が高く、より利便性が高い市場に、国境を越えて取引が集中することが挙げられます。一方、アジアと欧州・米国には時差があります。また、日本には大きな経済活動と金融資産が存在しており、日本所在の企業・投資家・金融機関には、リスクを日本でヘッジしたいという大きなニーズもあると考えています。このため、日本の上場デリバティブ市場には発展のチャンスがあります。

 市場活性化の処方箋の第1は、基本的なことではありますが、流動性の向上や品揃えの拡充など、利用者利便の向上です。この10年で日本のデリバティブ取引所は大きく変化し、金融とコモディティを一元的に扱う利便性の高い市場の実現に向けて、素地が整いつつあります。2020年からは東京商品取引所から大阪取引所へのコモディティ・デリバティブ市場の集約が始まりました。大阪取引所は現在、さらなる利便性向上に向けて、取引時間の延長や祝日取引の導入、新商品の導入に向けた取組を進めており、金融庁としても力強くサポートしていきます。

 処方箋の第2は、日本所在の金融機関・投資家による上場デリバティブ市場の適切な活用に向けた環境整備です。日本の機関投資家はデリバティブ取引を充分に活用できていないという指摘もあります。金融庁は現在、資産運用業の高度化に向けた取組を進めていますが、こうした取組は上場デリバティブ市場の活性化にもつながるでしょう。また、ヘッジニーズを有する個人投資家も重要なプレイヤーです。金融庁は税制面の環境整備の観点から、本年の税制改正要望において、金融所得課税の一体化について、金融商品に係る損益通算の対象範囲に有価証券市場デリバティブを追加することを要望しています。


本誌:フィンテックの様々な側面(ブロックチェーン、中央銀行デジタル通貨など)のうち、どの分野に対してもっとも関心がおありでしょうか。あなたはこれらの技術が金融及び経済全体を変革するものとお考えでしょうか。日本は、この最新の”技術革新”を有効活用するために、適切な施策をとっているのでしょうか。


 元々、数字を扱う金融分野とデジタルの親和性は高いと言えます。情報通信技術の進展に伴い、データ処理における量的、時間的、位置的な制約が緩和されたことで、事業者の創意工夫により革新的な金融サービスが創出されています。

 金融庁では、これまでも利用者保護を確保しつつ、利用者利便の向上と社会課題の解決に資するサービスの育成を図ってきました。フィンテック事業者のビジネス支援を行うほか、一つの登録で銀行・証券・保険全ての分野における金融サービスの仲介ができる「金融サービス仲介業」の創設等の取組を行ってきました。

 もっとも、技術革新とその金融分野への応用の動きは極めて速いものとなっています。金融庁としては、こうした動きに適時適切に対応すべく、ビジネス・技術動向等に関する情報収集や国内外の事業者とのコミュニケーションを強化しつつ、

・ 本年7月に新設した「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」における、送金手段や証券商品などのデジタル化への対応のあり方等の検討

・ ステーブルコインやCBDC、クロスボーダー送金改善等に関する国際的な議論への貢献

・ Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)への参画を通じた、分散型金融システムのガバナンスにおけるグローバルな課題の解決に向けた議論への貢献

など、イノベーションと利用者保護等の両立に向けた取組を継続・強化していきます。


本誌:日本の金融機関のIT人材について(人材の厚み及び専門性の観点での)現状認識及び金融機関のITガバナンスについての現状認識をお聞かせください。当該人材及びそれをとりまくITガバナンスが、(日本が)フィンテック分野でイニシアティブを発揮するに、適した状況にあるかお考えをお聞かせください。


 新たなサービスの創出やデジタルトランスフォーメーションを実現するために不可欠な高度なスキルを有するIT人材は、市場ニーズが非常に高く、金融分野に限らず、不足していると認識しています。このため、金融機関においては、IT人材を柔軟に採用する人事制度やIT人材のキャリアパス・研修制度を整備するなど、IT人材を計画的に育成・確保することが重要と考えます。

 また、日本の金融機関が、フィンテック分野でイニシアティブをとるためには、ITと経営戦略を連携させ、企業価値を創出するITガバナンスを発揮することが重要です。目指すべきITガバナンスは、業態・規模・特性等によって異なるため、各金融機関において、それぞれ創意工夫して取り組む必要があります。金融庁としても、金融機関や有識者との対話を通じて得られた有益な情報を公表するとともに、意見交換などを通じて広く理解を浸透させるなど、金融機関のITガバナンスの発揮に向けた取組を支援していきます。



本誌:日本におけるフィンテックに係る初等・中等教育等について説明してください。それらの教育が、フィンテック分野におけるリーダーとしての日本の将来的な役割にどう影響していると考えているかお聞かせください。


 現代において、児童、生徒の多くは、すでに日常生活の中で、キャッシュレス決済などを含むフィンテックに触れていると考えられます。こうした中、フィンテック分野への関心をさらに高め、人材育成につなげるためには、その技術的側面だけでなく、どのようなサービスが社会的に必要とされているかの感性を磨くことが重要です。このためにも、経済・金融に関する社会の仕組みや、個人の家計管理、資産形成の重要性に関する理解を高めることが必要です。

 こうした観点も踏まえ、我が国では、初等教育から金融経済教育を導入しました。キャッシュレス化の進展に関しては、中学校から取り扱われるようになりました。また高等学校では、経済・金融の仕組みを「公共」で、また家計管理、資産形成について「家庭」の分野で紹介します。

 フィンテックに係る技術的な面の一部はプログラミング等の授業で、またより専門的な内容は高等教育や実務経験の中で学ぶと思われますが、こうした金融経済に関する基本的な理解や金融リテラシーは、我が国がフィンテック分野で主導的な活躍をしていくための基礎的な取組として重要と考えています。


本誌:ESGや気候変動に係る課題をどのように金融取引に組み入れるか。近年、ESG(Environment, Social and Governance)と気候変動が世界中で話題となっています。NGFS(Network of Central Banks and Supervisors for Greening the Financial System)やTCFD(Task-force of Climate related Financial Disclosure)など、金融庁が積極的に参加しているグローバルな取り組みについて教えてください。ESGや気候問題を、さらに金融の世界に取り入れるにはどうすればよいでしょうか。これらの問題に効果的に対処するために、グローバルスタンダードを実装するにはどれくらい時間がかかりますか。またそれは、実現可能でしょうか。


 世界が持続可能な社会の構築に向けて舵を切る中、新たな産業・社会構造への転換を促す金融の重要性が高まっています。気候変動については、全世界の排出量の80パーセントを占めるG20メンバー国が、排出量削減のための在り方や気候関連開示の推進などについて、本年10月末のG20サミットや11月に英国で開催されるCOP26に向けて議論を着実に進めています。

 金融庁は、こうした国際的な政策協調やルール形成に向けた議論の進展に積極的に参画しています。たとえば、世界の金融規制当局や中央銀行などが集う金融安定理事会(FSB)においては、政策形成や規制監督を司る常設委員会の議長として主導的役割を果たしてきました。具体的には、NGFS(気候変動リスク等金融当局ネットワーク)とも共同して、金融機関の気候関連リスクに対処するための規制・監督上のアプローチとして、気候変動関連のシナリオ分析などを検討しています。また、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に沿って、一貫性のある質の高い気候関連開示の推進を目指す旨をG20へ報告しました。

 国内では、まずは気候変動を中心に、金融面からESGの課題への対応を進めるよう取組を進めていきます。具体的には、金融審議会において、サステナビリティに関する開示のあり方の検討を開始しました。またグリーンボンド等の適格性を客観的に認証する枠組みの構築を検討し、併せて、こうした認証の取得状況や発行情報等を集約する情報プラットフォームを整備していきます。さらに金融機関による投融資先支援やリスク管理を進めていくため、監督上のガイダンスの策定などを行います。

 その際、各産業が最終的にカーボンニュートラルを実現していく「トランジション」の取組を適切に評価し投資を促していくことなど、日本の強みが適切に反映されるよう検討を進めていきます。

 また、ESGについては、気候変動に止まらず、女性活躍や地域活性化、取締役の機能発揮等も含む様々な論点について、社会全体として取り組むべき喫緊の課題と考えています。ただし、課題が広範にわたることから、国際的にも、「時間軸の悲劇(tragedy of horizons)」とも呼ばれる将来リスクの認識、関連する一貫したデータや論点の収集・特定など、乗り越えるべき視点がいろいろあり、段階的なアプローチが必要とされています。日本としても国際的な議論に積極的に貢献し、足の長い取組を進めることで、投資家や企業を含む様々なステークホルダーの変革を金融面でサポートしていくことが重要と考えています。


本誌:金融庁は、国際的な規制当局((IOSCO、Basel、G7、G20など)による多くのイニシアティブに参加しています。これらの取り組みについての具体的な内容や、今後注力していくトピックについてお聞かせください。


 金融庁は、銀行、証券、保険など、業態横断的に規制監督を行い、金融に関する多くの国際的なイニシアティブに参画しています。それぞれのイニシアティブにおいては、次のような世界的な共通課題への解決に向けた取組が進められています。

① コロナ感染拡大に伴う金融安定リスクを監視・情報共有

② サステナブルファイナンス

③ サイバーセキュリティの確保とオペレーショナル・レジリエンス

④ クロスボーダー決済、グローバル・ステーブルコインなど、デジタル・イノベーションの推進と適切な規制監督

 これらのうち、たとえばコロナ感染拡大に伴う対応に関しては、バーゼル銀行監督委員会や金融安定理事会(FSB)において金融庁が議長職を務め、監督当局間の情報共有、政策対応における協調等の議論を主導しています。

 金融庁としては、引き続き、着実にグローバルな対応が行われるよう、積極的に取り組んでいきます。


本誌:今回おたずねしたテーマに関する政策目標を達成するために、FIAジャパンはどのような支援ができると思いますか。また、日本の金融市場を発展させるために、FIAジャパンはどのような役割を果たせると思いますか。


 フィンテックやESG等、金融を巡る環境が大きく変化する中で、日本の金融市場の発展に向けて実効性のある施策を行うためには、金融取引の実態や課題の本質を的確に把握することが重要と考えています。

 貴協会は、金融機関だけではなく、取引所、ITプロバイダー、法律事務所等のデリバティブ業界に関連する幅広い関係者の意見を集約できる立場にあると承知しています。日本の金融市場の更なる発展に向けて、貴協会との意見交換を継続したいと考えています。


本誌:ありがとうございました。


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