深山 浩永(みやまひろなが)氏は、2013年6月より㈱日本証券クリアリング機構(「JSCC」)代表取締役社長(現任)に就任。JSCC社長就任前は、㈱東京証券取引所(「東証」)においてエクイティやデリバティブの市場部門、システム部門、また経営戦略部門まで幅広い分野で要職を歴任した。
深山氏は1978年に上智大学法学部を卒業後、東証に入社し、その後35年間にわたるキャリアを築く。2001年から2003年にかけて、派生商品部長として個別株オプション等の新商品の拡充に意欲的に取り組み、投資におけるより多くの選択肢の提供と、市場流動性の向上を目指すプロジェクトを主導した。東証にて財務部長、経営企画部長を経て、深山氏は2005年に執行役員に就任、2007年に常務執行役員に就任、2011年に常務取締役に昇格。
深山氏は市場インフラにおけるサービスの拡大に関する経験が豊富である。先物・オプションの新しい統合取引プラットフォームである「Tdex+」や、きわめて短い待ち時間(low latency)と高い信頼性、そしてスケーラビリティを兼ね備えた株式売買システム「arrowhead」の立ち上げといった重要なプロジェクトを統括した。また、証券保管振替機構(JASDEC)の取締役として、株券電子化プロジェクトとその後の決済制度改革を主導した。
本誌:JSCCはTSE/OSE統合によってできたJPX傘下の企業(清算機関)です。JPXグループ誕生から今日までの間、JSCCのビジネスモデルはどのように変化してきたのでしょうか。また、JSCCの主な業績について教えてください。
深山:日本証券クリアリング機構(JSCC)は、2002年7月 国内5証券取引所及び日本証券業協会の出資により設立され、2003年1月、日本初となる有価証券債務引受業(現在の金融商品債務引受業)の免許を取得し、取引所における現物取引の清算サービスの提供を開始しました。
その後、2004年2月には東京証券取引所における上場デリバティブの清算業務を開始し、2013年には、東京証券取引所グループと大阪証券取引所との経営統合に伴い、大阪証券取引所の上場デリバティブ取引に係る清算機能をJSCCに統合いたしました。また、2008年にリーマンショックが発生、これを受けて店頭デリバティブのCCPにおける清算の利用がG20ピッツバーグサミットで国際的に合意されましたが、こうした動きを踏まえ、2011年には CDS取引、2012年に金利スワップ取引の清算サービスの提供を開始しました。さらに2013年には、国債レポ取引などの国債の店頭取引の清算を行っていた日本国債清算機関との合併を果たし、国債店頭取引の清算サービスの提供を開始しました。
このように、JSCCは、業務開始来、着実にサービス内容の充実及び提供範囲の拡大に努め、取引所取引に係る清算サービスだけでなく、店頭(OTC)デリバティブ取引(CDS取引及び金利スワップ取引)及び国債店頭取引の清算サービスを提供しています。
本誌:稼動したJSCCのシステムリニューアルについて、どのような機能を導入したのかを教えてください。
深山:JSCCは、本年2月、清算サービスの質的向上を通じて清算機関としての競争力をさらに高めるべく、上場デリバティブ取引に係る清算機能等のシステムリプレースを行いました。JSCCは、これに併せて各種の制度見直しを実施し、口座種別・階層の多様化、グローバルに採用されているポジション管理方式の導入、日中証拠金の導入、適格担保対象の追加等の担保管理の向上、参加者破綻時におけるポジション処理において、オークション方式の採用を可能とするなどを実施いたしました。
例えば、口座種別・階層の多様化については、清算参加者の顧客取引に係る建玉および担保を管理する口座につき、従来のオムニバス口座に加え、清算参加者及び顧客のニーズに応じ、個別顧客口座(Individually Segregated Account)の設定を可能としました。また、日中証拠金については、従来からある相場急変時の緊急取引証拠金制度に加え、営業日毎、日中定時点におけるリスク額の再計算に基づく証拠金制度を導入しております。
これらは、諸外国の主要清算機関において広範に採用されているプラクティスであり、またCPMI-IOSCOが昨年7月に策定した清算機関の強靭性及び再建に関するガイダンスなどの最近の国際的な規制等を踏まえたものです。これらによって、高頻度でより精緻化されたリスク管理が可能となり、結果として、清算機関としてのさらなる品質の向上及び参加者の利便性向上に資するものであると考えています。
本誌:日本の株式市場、デリバティブ市場は海外の市場参加者による取引が大半を占めています。ドッドフランク法や本年施行されたMiFID IIなどの国際規制によってJSCCのビジネスはどのような影響を受けていますか。また、今後、新たなグローバル規制が導入される場合のリスクとビジネスチャンスをどのようにとらえていますか。
深山:JSCCでは、日本のユーザーのみならず、海外法人である清算参加者・顧客や、それらの日本の現地法人も多数利用しています。欧米をはじめ、各国で金融危機後の金融規制改革が進んでおりますが、これら規制の多くは域外への適用を前提として制定されております。また、特にOTCデリバティブ取引では、市場においてクロスボーダー取引が大宗を占めており、海外のユーザーにサービスを提供する上で、JSCCがこうした海外法規制を遵守していることは非常に重要です。このため、JSCCは既に米国・EU・香港・スイス・豪州でCCPとしての免許を取得しており、現在は、2019年3月のBrexit(英国のEU離脱)に備えて、英国当局と免許の取得手続きを進めております。
これら海外規制に適切に対応していくことは、JSCCのサービスの競争力を高めることにもつながります。例えば、清算参加者において、各国の資本規制上、JSCCを適格CCP(Qualifying Central Counterparty)として扱い、JSCCの清算サービスをより低廉な資本コストで利用することが可能となります。また、各国で進められているOTCデリバティブの清算集中義務に関しても、利用者は、JSCCで清算することによって、義務の履行が可能となります。
また、国際的な金融規制改革の進展に従い、OTCデリバティブに係る取引施設における執行義務の適用対象も広がりつつありますが、JSCCが海外における免許取得を進めた結果、金利スワップにおいては、米国のSEF(Swap Execution Facility)やEUのMTF/OTFで執行された取引も、JSCCで清算されています。今後もJSCCでは適切に各国の規制動向を注視し、常に適切な対応をとってゆきたいと思います。
本誌:清算集中や非清算店頭デリバティブの証拠金規制、バーゼル規制上のCCP向けエキスポージャー等を背景に、世界的にCCPの利用が進む一方、CCPに対するリスク集中を懸念する声があります。こうした状況に対し、どのような取組みを行っていますか。
深山:リーマンショック後におけるCCPの金融インフラとしての重要性はますます高まっており、各国でも、CPMI-IOSCOが2012年策定したFMI原則に基づき、CCP監督規制を強化する動きが進んでいます。 こうしたなかで、国際規制当局であるCPMI-IOSCOが2015年2月、日本はCCPに適用されるFMI原則のすべてを完全かつ整合的に実施するための枠組みが構築されていると評価したことは注目すべきでしょう。
CCPの利用がますます進む中で、2017年にFMI原則のより厳格な適用を目的として、追加ガイダンスが公表されましたが、これに対応しJSCCでは、例えば、参加者破綻時に使用される事前拠出財源の継続的確保、ガバナンス運営ガイドライン、リスクアペタイト・ステートメントの公表や、JSCCから独立した立場の専門家からなるリスク委員会の設置などの対応を行っております。現在は、清算参加者の破綻等によりJSCCの財源が消費された場合、その速やかな回復を図る手続きを定めた再建計画について、より実効性の高いものとするよう作業を進めており、まもなく完了する予定です。
不透明なガバナンス・リスク管理が行われているCCPでは、利用者は安心して利用することはできないでしょう。JSCCは、常にリスク管理の改善を進め、利用者が安心してサービスを利用いただけるための環境づくりを進めております。
本誌:日本政府と東京都は、東京国際金融センター構想を進めています。どのようなイニシアチブが取られるとお考えでしょうか。東京は、ロンドン、ニューヨークや他のアジア主要都市と競争可能な地位を築けるとお考えですか。
深山:東京が”Financial Center”として機能するためには、内外のプレーヤーが支障なくビジネスできる基盤、インフラが不可欠です。そのためには規制、会計等のルール整備に加えて、我々のような金融インフラが、利用しやすい環境を提供し、他国市場の競合先に対する競争力を維持することは大変重要です。
ただし、全ての金融取引の執行が1極に集中する状況は、必ずしも望ましいものではないと思います。JSCCのような日本の金融インフラを運営する機関が、日本・海外の市場利用者に耳を傾けながら、サービスの改善に取り組んでゆくことが重要でしょう。また、その結果として、東京市場は、他の市場とも連携しながら、一定の地位を確保し続けることができるのだと思います。
本誌:ありがとうございました。